日中はこれでもかー!と言わんばかりに暑い。ほんの数分日なたに立っているだけで肌がジリジリと焼けるようだし、熱せられたその空気は呼吸するだけで思わずむせてしまいそうになる。さらには炎天下の下にしばらく駐車しておいた車に乗り込んだ時の暑さといったらもう!この分だと今週末の東京の気候も素晴らしいことになりそうだ。
おかげで自宅の今月の電気料金は普段の5割増で1万円を突破、水道料金も庭木の水遣りで増加してアップ、その一方でガス料金が5割減となっているからトータル的にはあまり変わらない。日中はエアコンは使わないし、寝る時の設定は「28度の除湿のみ」だから、比較的抑えられている方ではある。
もっとも毛皮を着ているてんは昼間は扇風機の風ではなんともならないようで、タイルがひんやりとしている玄関でもっぱら寝そべっていることが多い。ポメラニアンとか毛の長い犬であればサマーカットという選択肢もあるけれど、パグのような短毛種ではいかんともし難い。
夜になると玄関には蜘蛛が現れたので、まかり間違っても明日てんの好奇心の餌食にならないことを祈ろう。朝蜘蛛は縁起がいいだの夜蜘蛛は縁起が悪いだのと言われるけれど、縁起を基準に虐げられたんじゃ蜘蛛もたまったものではあるまい。昔はこの手の蜘蛛が苦手だったけど、時には鳥をも襲うことがあるという巨大タランチュラの写真を見ているうちにこの程度のものであれば気にならなくなってしまった。人間慣れれば大抵のことはなんとかなるもの・・・らしい。
昨日日記でゲームにおける音声の有無について書いたけれども、もちろんこれはポポロにも当てはまる。PSP版ポポロはポポロ2にあったイベントにおけるボイスが入っていないけれども、それによって作品自体の面白さは減じてしまっただろうか?ポポロ1とポポロ2との間に、音声があることのアドバンテージは存在するだろうか?
もし映像・音声が全てにおいて勝るのであれば、この世からとうの昔に書物はなくなっているはず。視覚・聴覚による情報量の増加は常にプラスとは言えず、内容を表現されたものに限定しかねない。一方視覚・聴覚に乏しい書物には想像力という名の無限の広がりを持つ。
果たして世の趨勢はいかがなものかしらん?
↓玄関に現れた蜘蛛(キライな人は見ない方がいいです)